よりみち

旅の記録とその周辺

イタリア

サルデーニャ島のその後のお話。

 

ローマ→アッシジペルージャフィレンツェボローニャラヴェンナヴェネツィア→ローマ

という順序で、メジャーな都市を3週間欲張り旅をしてきた。まず発着の拠点ローマだけど、本当に石畳の道がひどくて、車のマナーも最悪で、自分を含めた観光客にあふれていて、暑くて、カモろうとする人々も集まっていて、早く移動したくて仕方のない街だった。なのに、安宿が多く、世界史の資料集を手にした頃から夢に見てきた絵画や遺跡がたくさんあり、結果的にだらだらと居座ってしまった。

 

私が紹介するまでもなく、ローマにはヴァチカン市国、聖ピエトロ大聖堂、スペイン広場等々観光の聖地がたくさんある。かの有名なトレビの泉は人でごった返しすぎて視界に入らず、前を散歩で通っただけに終わった。真実の口に至っては、まあどうせ手が抜けなくなるしとふんで行っていない。聖ピエトロ大聖堂は、権力!豪奢!とびっくりマークが頭上をたくさん飛び交う、さすが総本山という威厳があった。残念だったのは、目的のピエタ像が一般見学者からははるかかなたに離れた場所に置かれており、そばでミケランジェロの肉体美を楽しめないことだった。礼拝しにくるカトリック教徒の特権らしいです。改宗したくなっちゃうね。さて大本命のヴァチカン美術館およびシスティーナ礼拝堂はというと。開館から閉館までうろうろしていたのだけど、もう脳内からセロトニンが大放出しっぱなしだった。右を向いても左を向いても見上げても大感動の空間。システィーナ礼拝堂は普段低い天井に甘んじている日本人の私たちからすると、天井が想像以上に高いから、天地創造をじっくり堪能したければ望遠鏡をもっていくことをおすすめする。近場ではアダムの創造(ET的なやつ)してくれてません。

 

ローマの中心街近くにある骸骨寺について少し。名前の通りの人骨で装飾した聖堂があるわけだけど、あばら骨とかでシャンデリアを作ってみたり、壁一面に仙骨とか大腿骨のアーチがあったりとにかく徹底的に悪趣味な場所だった。この骨はカプチン派の修道僧(4000人ぐらい!)から提供され、飾り付けるのも同じ宗派の修道士たちだったそう。人骨の匂いにくらくらしながら、眼前に続くおびただしい量の骨の芸術(?)にしばらく圧倒されていたが、不思議と嫌悪感はあまりなかった。むしろ、陽気に作業していたであろう当時の無邪気な修道士たちの姿が浮かんできた。昔の人々の死のとらえ方はもっと軽やかなものだったのかもしれない。

 

あと一個怖い話をすると、コロッセオの周辺でなぜかいつもGPSが崩壊しMAPアプリが全部だめになって完全な迷子になった。ドミトリーで同室だったドイツ人の女の子のランニングに付き添って、ぜえぜえ走りながら確認したときもMAPは表示されなかった。怖い。かつて理不尽に殺された動物とか人間たちの怨念なのだろうか。迷子になったときは、このままでは熱中症でローマに死す、背に腹は代えられぬ、と一見つんけんしてそうな現地人にえいやと道を尋ねまくったところ、こちらがびっくりしてしまうぐらい丁寧に帰り道を教えてくれた。隣人愛~!反対にこちらが聞いてもいないのに切符の買い方を横から教えてくる人は100%ぼったくってくるのにね。ほんまに「求めよさらば与えられん」やで。ただほど怖いものはない。

 

いいかげんローマが耐えがたくなったところで、アッシジに向かう。鳥に説教をするフランチェスコさんが開いた急進的な宗派の本拠地。初期のフレスコ画も拝める。ということで、なんとなく向かった。これがとてものどかな場所で、丘の上にぽつぽつと建物群がたち、ローマの華美な教会とは逆の、こざっぱりした教会ばかりで心の平穏を取り戻すことができた。さぞかし物欲も薄れると思いきや、浮かれて観光客用のブレスレットを買ってしまった。木製の鳥がついたかわいいやつ。

 

アッシジは聖堂と修道施設を見終わるととくにすることもないので、チョコレートの香り漂うペルージャに移動する。地形的に傾斜の激しい街で、それに対応したモノレールのようなミニメトロに乗るのを楽しみにしていたのだけれど、残念ながら休業中で、地元の人に乗り方や降りる駅を教えられながらバスに揺られて宿に向かった。外国人大学があるからか多国籍の学生が多くいて、気温が少し下がった日没後は、彼らのおしゃべりや香水の匂いやスピーカーから流れる音やらで結構にぎやかだった。宿の人に、今度はジャズフェスティバルの時期においでねと誘われる。元気のある街。

 

フィレンツェ。宿はキッチンがついてないところを予約してしまってQOLがだだ下がりだった。電子レンジ調理とフルーツ丸かじりで5日ほどしのぐ。この旅では美術にお金は使うが、食費は徹底的に抑えるというスタンスだったので、パスタとソースを抱えて移動していたのに、コンロと鍋がないから使えない。滞在4日目ともなると、あまりにもひもじくて、なんでこんなにお金がないんだと涙がにじんだ。ジャンクフードでお腹をもたせるしかないので、もしゃもしゃプリングルスを食べていたわけだけど、パッケージに描かれているおじさんを恨む程度にはみじめだった。まあキッチンがないことに目をつぶれば、快適な部屋が用意されていたりお庭がきれいだったりでよい滞在先です。感じのよい韓国人のルームメイトたちは、アウトレットに行ってプラダのバッグを買ったりワイナリーツアーに行ったり、サンタマリアノヴェッラ薬局で香水を買ったりしていた(相手を悩殺する香りだって)。イタリアは本当に色々な楽しみかたができるからいいよね。ウフィツィ美術館セロトニンが再び大放出し、生ダヴィンチ、生ボッティチェリ、生ティツィアーノ、生ミケランジェロ等々、空腹で憂鬱だった気分も消し飛び、ルーベンスの絵を目撃したネロの面持ちで開館から閉館まで堪能できた。その他、アカデミア美術館、ピッティ宮殿、サン・ロレンツィオ聖堂でミケランジェロの肉体とメディチ家の栄光に仰天し、ミケランジェロ広場でフィレンツェの街全体を染める夕陽を待ったりなどしていた。サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂は特にその優しい装飾が好きで、くるくるまわりを回って何度も眺めた。

 

ようやくボローニャへ。世界最古の大学の地であり、世界で初めて解剖が行われた場所があり、ボロネーゼ発祥したところであり期待は大きかったが、時期は8月。学生はバカンスにでかけており、日頃彼らを相手にしている街は完全に眠っていた…。他都市に厳しい地元至上主義の非ボローニャ系イタリア人たちでさえ、ボローニャはグルメの街と太鼓判を押してお勧めしてくれたので、ボローニャでだけは食事にお金を使おうと思っていたのに。しかたないから、空いているお店でボロネーゼをたべる。おいしいけどめっちゃ塩辛い。これが本場の味なのか?

ボローニャでは女子専用のドミトリーがあいてなかったので、男女ミックス4人部屋にチェックインした。同室の一人目は教師をしているポーランド人の女の子で、二人目はオーストラリアからきたクラビングとホットなギャルと過ごすことしか頭にない陽気な男の子だった。オーストラリア男に関しては朝5時とかに帰ってきて周囲の人間にお構いなしに歌ったりしてうるさかったので評価は厳しめにしてある。もっと問題なのはもう一人のおとなしそうなフランス人の男の子で、彼とは朝起きた時におはようの挨拶をしただけなのだけど、観光から帰ってきたら私の枕に彼からの手紙が挟まっており、笑顔が素敵だったので一緒に飲みにいきたいと思ったこれが僕の電話番号みたいな内容だった。ぜっっったいあわよくばパターンやん。見なかったことにする。それからはそのフレンチボーイと同じ空間で寝ているのが怖すぎて、彼が帰ってくる前に嘘寝し、うるさいオーストラリア男が酔っぱらって帰ってくると安心し、今後は女子ドミトリーを必ず確保しようとベットの中で硬く誓った。今思えばさっさと部屋変えてもらったらよかった。

 

酸っぱいボローニャの思い出を抱えて、次はラヴェンナへ。振り返ってみればここがこの旅で一番好きな場所だった。人は少ないし、壮大すぎる教会建築とか絵画とかに疲れた私を、モザイクの素朴な美しさで迎えてもらった。あと徒歩圏内に観光地が集合しててとっても歩きやすかった。都心から離れているからか、皆すれている感じがなく、なごやかで、初めて夏のバカンスの雰囲気を味わうことができた。郊外にあるサンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂がモザイクの色と言い、場所と言い、モチーフといい特別よかったです。時間があればぜひ訪れてみて。

 

終盤の地ヴェネツィアへ。ゴンドラで運河を走行する観光客を魚臭い市場などから眺めつつ、暇なので海が限りなく近くにある生活に思いをはせていた。ゴンドラは一回一万円でもちろん断念したのです。都市によってこんなにも街の様子が違うから、イタリアは旅してて楽しいなあと余裕をみせていたのもつかの間、ヴェネツィアは食事、宿、日用品の値段が高すぎることに気づく…。人も多すぎる…。ということで猫の後をつけたり仮面やガラスを陳列しているお店のウィンドウショッピングしたり、なんとなく道に迷ってみたりした後はそそくさと出て行った。お目当ての本屋でポストカードを書いて出したのに、3か月たってもまだ届いていないのはイタリアン・クオリティ。さすがにもう諦めている。

 

 ローマに帰ってきた。万事における適当さに慣れ、わけもなく遅れてくる電車や、平然と無賃乗車する人間に対してはああまたかと諦観が生まれ、世界最悪の人種(そもそも人なのか?)であるイタリアン・ティーンエージャーにもさほどイライラしなくなった。村上春樹さんもかつてランニングしていたというボルゲーゼ公園の中の、ボルゲーゼ美術館に足を運びベルニーニの作品にラスト・セロトニンを分泌させつつ、楽しいイタリア旅行は終わった。こちらは予約制なので人も少なく、上品でチャーミングな作品ばかりが収蔵されていて、まわっていて快いです。公園を気持ちよく歩いているときに、レンタサイクルで突撃してくるティーンエージャーたちを除けば。

 

イタリアは嫌いになろうとしたことも何度もあったけど、美しい遺跡や芸術品をみせられたり、親しく付き合っているうちに大好きになった。でもひもじさは楽しい思い出とともに深いところで残っているので、もし次に行くとしたら100万使って周遊したい。