日々

生活とその周辺

ウズベキスタン

 

中央アジアって物価安そうだし、青い建物きれいだし、年末はのんびり旅がしたい。入国ビザ無くなってるウズベキスタンいいやん。というふんわりした動機で、2019冬休みに2週間弱の一人旅に出てきました。

 

仁川空港ではやはりお馴染みの空港泊をした。休暇シーズンで旅行する人が多いからか、スリープスペースは満杯でしかたなく硬いソファでゴロゴロした。朝になると、空港の主催する4時間ぐらいの無料韓国歴史ツアーに参加した。外は雪が積もっており、寝不足の身体は凍え早くも帰りたくなった。空港に返されたあとは、辛い韓国料理をで体を温め、午後にやっとウズベキスタンの首都タシュケントに向けたフライトに搭乗した。現地到着が20時半の便なので、夜中着+空港から街までの移動手段がよくわからない+女一人旅のため今更不安になった。「タシュケント空港のイミグレ(イミグレーション)はクソ」という前情報に身構えていたにもかかわらず、とてもスムーズに通過し、両替もでき、simカードも購入できた。

 

おそるおそる空港の出口ドアをあけると、煙草を吸ってる怖そうなタクシーのお兄さんしかおらず「10ドル?」と聞かれ、交渉する元気もなかったこともあり、ドキドキしながら乗車した。かなりびくびくしていたけれど、無事宿に着く。猫ちゃんが可愛くてとてもcozyなところだった。レジストレーションを済ませていたら、お茶をしばいていた他の宿泊客に誘われ、お菓子とともにありがたく一緒に座らせてもらった。旧ソ連国から観光にくる人が多いみたい。「タクシー代10ドルはまあ、観光客には相場だけどぼったくり~」とのこと。

 

次の日はさっそくサマルカンドに移動する。大都市は発展しすぎていて、特徴があまりないように感じるので、なるべく地方に時間を使いたい。だから今回も首都は足早に立ち去ることになった。電車賃は窓口で買う金額の3倍ぐらいしたのだけれど(それでもこの旅の交通費は総額2万円ぐらい)、事前にネットで現地業者に手配をしてもらった。乗りたいアフロシアブ号は人気だし、時期も時期だし、そんなに旅の日程に余裕がないので満足。サマルカンドから宿へはまたタクシーで、6$(最初の言い値は15$)払う。帰りに宿のオーナーに手配してもらった金額は1.5$とかなんで色々察してほしい。受付のお兄さんは日本語の勉強中らしく、人懐っこく出迎えてくれなんだかほっとする。

 

さて念願のサマルカンド散策へ。道は中心部以外あまり舗装されておらず、人々の家はトタン屋根で、たまに野良犬も見かけたけど、中心街は賑やかで商店なんかもたくさんあった。近くのティムール広場では、あちらこちらで華やかなブライダル写真撮影をしており、理由をきくと、ここはウズベキスタン中の花嫁が憧れる写真撮影スポットで、国中から集まってくるんだとか。確かに目の前に広がる青い建物はとってもきれい。ウェディングドレスの白が映えるね。それにしても昔の砂漠の旅人たちは、突然ぬっとあらわれるこのティムールの威信をかけた巨大建造物にきっと驚嘆しちゃっただろうな。

 

あと建物をみてると思い出したんだけど、高校の頃、世界史選択者のなかにひょろっとした気胸になりそうな男の子がいて、彼のあだ名はミナレットでした。元気にしてるかな。

 

ウズベキスタンは観光に力を入れようとがんばっている国で、外国人が割と自由に行動できるようになったのは最近になってかららしい。そのため現地の人々の外国人慣れはまだ進んでおらず、歩いているだけでじろじろ見られたり、写真撮影を申し込まれたり、「こんにちは」と誰彼なしに声をかけられた。最初はなんてフレンドリーな国民性!と思っていたけど、一週間もたてば、ほっといてくれよ…と若干うんざりしてしまった。いい意味でも悪い意味でもアジア人観光客はとても目立った。

 

サマルカンドの宿は見かけはボロいなと思っていたのだけど、中に入ると中庭や延々と続く居住スペースがあり、暖房設備も十分で快適だった。タクシー代より宿泊費のほうが安かった(5$)。受付の男の子は、いつも困ったことはないかと気を使ってくれていた。現地で働くパキスタン人と世界周遊中の日本人のお兄さんたちとともに、夕食に誘ってくれもした。

24日のクリスマスイブはこの18歳のウズベク人の男の子とデートした。向かった一軒目はシーシャ屋であいにく停電していたから、煙がもくもく漂うなかに、人影がうっすら見えるアヘン窟みたいな場所だった。アヘン窟行ったことないけどね。その後連れていきたいとこがあると言われてタクシーの運転手を急き立て、昼間一人で眺めてたティムール広場についた。今この瞬間、ウズベキスタンにいてライトアップされたモスクをみて異国の男の子とデートしていると思うと気が遠くなった。その後は知らない人の結婚式が行われている大音量のアラブミュージックが鳴るレストランを訪れ、ダンスに誘われやけくそで踊って、提供されたラグマンとサマルカンドナンを一心に食べた。食事中普通に告白されたんだけれど、許嫁がいることを知っていたしワンナイトするタイプでもないし普通に断った。彼はあからさまに不機嫌になり食事代とタクシー代を全額私に払わせ帰宅した。

今は笑い話にできているけど、この話をすると友人たちには大いに心配されたし、本当に何もなくてよかったと思う。翌日世界周遊中のお兄さんたちに顛末を話したら、モンゴルで野良犬に追いかけられた話や、中国のクラブで脅されて10万円とられ命からがら逃げ出した話などをしてくれて慰められた。

 

クリスマスはイスラムの国に存在していいのか、と帰国してからよく聞かれた。ウズベキスタン社会主義国ソ連に支配されていた影響からか割とその点ルーズなようで、魔法使いの弟子のミッキーのようなコスプレをして男女とも楽しそうにクリスマスツリーの元に集っていた。さすがにメリークリスマスという表示はなかったけれど。

 

 次の目的地ブハラでは、より街が茶色くて砂漠感と田舎度合いが増していた。もちろん、映え映えの青い建造物がここにもあった。修学旅行と思わしきちびっ子たちに囲まれて、私とそれらの建造物が彼らの写真フォルダに収まった。お礼にバラの花をもらった。中央アジア最古のイスラム建築と言われているイスマーイールサーマーニー廟がテキスタイルがシンプルで面白く、どこか原始的で、建物としての趣が個人的に一番好きだった。 

 

タシュケントに再び戻った。共用スペースで一緒にだらだらしていたマレーシア人の女の子Mと仲良くなる。旅行してても、なんだかんだ言って自分の国で培った習慣を変えられないことが多いよねという話をした。欧米人は、欧米にありそうな内装のお店で溜まりがちだし、韓国人はわざわざ韓国カップ麺を持ってくるか現地の韓国料理屋でしか食べないし、日本人はシャワー必ず浴びる。と二人で偏見を言い合った。Mは旧ソ連国が好きすぎてマレーシアでロシア語を勉強し、今回は仕事を変わる期間を利用してウズベキスタンに飛んできたらしい。

二人でお茶を飲んでるとタシュケントの巨大な市場に連れて行ってくれることが決まった。最初は一人で行くよと言ったものの「あそこにあなた一人を行かせるわけにはいかない」という警告をされた。実際に行ってみると確かにこの市場はただただカオスで、ぜひ動画で見せたいのだけれど、人も匂いもモノもありとあらゆるものがごちゃまぜで放置されていた。秩序が見当たらない。牛肉の塊を積んだワゴンにひかれそうになったり、客引きにつかまったり、買ったザクロを食べたりして楽しんだ。ザクロってこんなにおいしいんだね。Mの言う通り、ウズベク語なりロシア語が分からなければ、帰りの駅にもたどり着けないし、何も買えなかったかもしれない。ありがとうM。帰るついでにソ連の残したまるでSFの舞台のような地下鉄の駅で写真撮影大会を開催した。帰国の日はMが玄関まで見送りにきてくれて、彼女から倒福のラッキーチャームをもらった。お互いハグし、よい人生を!といって別れる。またどこかで会えたらいいな。

 

ウズベキスタンって危ない国じゃないのときかれることがあるけれど、観光地には警官がたくさんおり、悪いことをしていない観光客にとっては、街を探索するときに安心感があった。観光客ずれしていないので人も優しい。物価が安いので、貧乏旅行でも三食きちんと食べれる。お酒はおいしくない(ワイナリーでワイン飲んだけど同時に出されたコニャックの方がおいしかった)けれどイスラム圏らしくお茶文化が発達していて、ティーハウスがいたるところにあり、お茶好き人間には嬉しい。ご飯は名物プロフに始まり、ラグマン、マンティなどなど中央アジア料理、ロシア料理が混ざっていておいしい。雑貨もかわいい。青い建物インスタ向き。欠点といえば、タクシー運転手の強引さと英語があまり通じない点ぐらい。でも通じないほうが旅に来たって感じがしていいんじゃないかな。どうでしょう。機会があればぜひ行ってみて感想を聞かせてほしい。