日々

生活とその周辺

屋久島1

医学部に入学する前、ある年の夏の終わりに屋久島に滞在した頃のメモがみつかった。

このころは気持ちがまいってしまった時期で、とにかくここを物理的に抜け出そう、精神を休めようと屋久島にある禅寺に1週間と少しばかり修行した。今振り返って読むと自分自身のナイーブさと虫の多さに苦笑してしまうけれど、よければ一緒に笑ってください。

 

【一日目】

 冗談みたいに小さいプレハブ小屋みたいな屋久島空港につき、宮之浦港へ向かうバスに乗車する。37番。島民はのんびりしていて、皆顔なじみのようで、運転手さんが男の子のランドセルからいつもそうしているようにICカードを出してタッチしてあげていた。人間の距離が近いのかな。車窓からはよく手入れされているお墓がみえる。「この島の人々は一日に三回、少なくとも週に一回はお墓参りをする。お嫁に来た人は大変だ。」と全くの初対面のわたしにも話しかけてくる。私が下りたバス停は、普段あまり観光客が下りるところではないらしく間違ってないか何度も確認された。

 ひとまず目的地についたので、到着したと電話する。とても元気のよい声をしたお兄さんから「テトラポート側へ向かって歩いて」と言われ、その方向に荷物を転がした。遠くで釣りをしている3人の人影がみえ、その中の気の弱そうな男の子が駆け寄ってきて迎えてくれた。どうやら私の先に修行をしている人がいたらしい。メンバーのKさんは小太りだが筋肉質。先ほど電話に出たお兄さんで、よくしゃべり明るくて面倒見がよさそう。もうここにきて一か月半らしい。気の弱そうなIくんは180cm近い長身で、元バスケ部。事情があって3か月ぐらい滞在するらしい。保護観察がなんとかかんとかと言って煙草をふかしていた。厳しそうな住職とあわせてこの3人と人生初の釣りをする。釣りは難しくて、エサのエビはすぐに食べられてしまった。手は臭うし、潮風に体があたってベトベトして不快。(今の屋久島は湿度が高いからベトベトはそのせいかも)

 17時半になっても誰も収穫がなかったので、スーパーで買い物することになった。肉も魚も買う。宗教上いいのだろうか?食材を車に載せて禅寺が位置する森の中へと進む。どんどん山中へ分け入っていき、道はどんどん曲がりだす。まだ先なのか?と訝しく思っていると5軒ぐらいの集落にたどり着く。しかし、それもお構いなしにまだ先へと進む。あきらめてシートにもたれていると、川沿いにポストがぽつんと立っている広場に停車した。そこから車は進めないため、みんなで荷物を抱えて川(飛び石っぽいのはある)を渡る。川を越え、山道を登っていくと金網状のフェンスがあった。あけると「ちりん」とかすかに音がした。もう少し登ると小屋が二つあった。

 小屋の一つは共同の作業所でもう一つは大人数が雑魚寝できるようなところだった。女性は離れの部屋があてがわれるらしく、そこに荷物を置いた。上はトタン屋根。部屋には虫がたくさんおり、おちおち寝ていられないけれど、慣れたらなんとかなるのか。見たこともない大きさの蜘蛛の抜け殻?もある。これはミイラ?夕食はカツオのたたき。釜戸で火をおこしている間にこの修行場のルールをきいた。食べるときの作法とかお椀の配置とか色々ある。といっても私たちの生活にもルールはたくさんあるのだけれど。夕食の片づけをして座禅の練習。ここにも規則がたくさん。本堂は寝食をする小屋から離れていて、とても立派。次の日のことを不安に思いつつも、作業部屋に戻る。少し住職とお話をする。「もっと滞在しないと意味がないよ」とか「日韓問題についての立場を考えると朝日新聞はよくない」とか断定的な物言いの人だし、ちょっとナショナリストぽくて落胆する。お風呂は3日に一回らしいから今日は入らずもってきた寝袋を敷いて就寝。雨の音に何度か起こされた。そして虫の多さにふるえる。巨大な蜘蛛が天井に張り付いているのをみながらうとうとする。

 

【二日目】

 朝4:50分に目覚ましが鳴る。真っ暗な闇の中、本堂へ。すでにKさんはいた。Iくんは起きてこれず、途中の読経から入ってきた。座禅45分。眠さと体のかゆみと戦いつつ座り続ける。朝ご飯はおかゆ。作務は汲み取り式のトイレに入れる干し草を集めたり、500m先にある湧き水のところまで水を汲みに行ったりした。きのこ、蔦、水の流れ、山道。昨日の朝まで住んでいたところとは違う景色や音が新鮮。自分の部屋を掃除し、休憩にはいる。もってきた「ブッダの言葉」を読む。途中、住職に呼ばれゴミの分別を手伝う。昼ご飯の準備に入る。私は、納豆、ほうれん草、もやし、トマトのサラダを作る。休憩する。おそらく電機がこの作業場にしか通っていないため、夜はここでしか日記が書けなそう。

 写経をする。行と列のバランスを保って字をそろえるのが難しい。集中力があがりそう。無心になって書く。休憩中に川で水浴びをする。17時から夕食の準備をする。ご飯が炊けるのが遅くなってしまった。野菜炒め、味噌汁、ごはん、魚のから揚げ。休憩して夜の座禅。外は土砂降り。座禅の途中睡魔に襲われる。帰り際に足元が見えなくてこける。雨の影響か、蚊が大量発生し蚊取り線香をたいた。おかげで蚊は少なくなった気がするけれど、懐中電灯の光めがけて巨大な蛾が集まってくる。部屋が蚊取り線香くさい。夜はせめて元の家に帰りたいと思いながら寝る。

 

【三日目】

 今日も雨。いつになったら晴れるのか。朝5分寝坊し住職に起こされる。朝の座禅の最中に窓の外が濃紺から薄い水色へだんだん明るくなっていくのが分かった。朝ご飯づくり。休憩し「ブッダの言葉」を読む。作務の時間は本堂の掃除をする。またすべってこけてしまう。疲れが出てきているのか気持ちがけば立つ。気を付けないと。本来であれば雑草を抜いたりするらしいけれど、雨続きですることがないそう。一時間半ぐらいの長い休憩に入り仮眠する。昼ご飯づくり。今日は煮物。かぼちゃ、こんにゃく、にんじん、さつまいも、鶏肉を入れた。おいしい。休憩。再び写経の時間。年上を敬うことや、食事前に唱える「五観の偈」の意味の説法がある。ご飯を大切に食べるのはわかるけど、年齢関係なく敬うべきなんじゃと思う。17時からカレー作って食べる。水浴び。夜の座禅。夜の座禅は昨日よりきつさはなくなった。

 

【四日目】

 きちんと起きれた。姿勢をよくして胸をはると座禅していて気持ちがよい。朝食準備のときにはじめて一人で火おこしができるようになった。洗濯もできて気分がいい。今日は晴れたから魚釣りに行く。車で山を下っていって、地元の釣り道具店でエサや氷をもらう。崖をおりた先の岩場で釣りを開始。しかし、波が荒れすぎていて釣れず、次の堤防へ向かう。そこでI君が大きい魚をつったが、それっきり全く釣れずまた移動する。三度目の釣り場ではじめて魚を釣り上げる。とても小さいのでそのまま海に返す。車で山に戻る。

 屋久島の海や緑に心奪われつつ、水浴びして夕食を作る。釣った魚の刺身、から揚げ、キャベツの千切り。今日は少し遅い20:00から夜の座禅が始まる。今日はいつもよりとても長く座っていたような気がした。部屋にもどって懐中電灯を照らしていても今日は蛾が寄ってこない。虫が当たり前になる生活になってしまった。

 

【五日目】

 今日もきちんと4:55に起きることができた。朝ご飯をつくる。朝から鼻水がとまらなくて、おそらく風邪をひいてしまったらしい。外は(部屋の中も外みたいなものだが)急に冷え込んできている。おちおち毎日頭を濡らせない。休憩中にI君とお話をした。高校生の頃から始めた薬物関係で少年院に入っていたらしい。薬物で相当脳が萎縮したらしく(これは住職さんに後できいた)、ワーキングメモリが小さくて、例えば掃除機の蓋があけることができなくて、よくパンクしていたのはそのせいだったのか。もともとの形はよさそうなのに顔も頭も落ちくぼんでいて、はじめて出会う「本物」の元薬物中毒者を真正面からまじまじと見つめてしまった。

 昼の作務は薪の材料をひとりでとりにいった。他のメンバーは薬をもらいに行くI君の病院の付き添いと、食材の買い出しのために街に出かけて行った。昼ご飯の準備の時に、火をおこすのに苦戦した。途中電話が鳴り、今から帰るとのこと。カレー、味噌汁をつくる。日焼けした跡が痛い。14時から昼の作務。今日の夕食は16:00~準備。そうめんのみ。I君は薬が効きすぎて寝ている。作業場にハエや蜂が入ってきてうるさかった。今日はI君以外のメンバーは座禅堂で泊まり込み。歯を磨いているとKさんにばったり会う。明日の昼頃から次の目的地へ旅立つそう。別の島で2か月農業するらしい。Kさんのポジションを補完できるか不安だが、やらないと。それよりもI君は私がいなくなってからもここにいるらしいけど大丈夫なのかな。

 帰るまであと5日。