日々

生活とその周辺

サルデーニャ島 研究室配属スタート

ご飯を作らずにはいられない呪いにかかっている。

 

1.

8時にオーナー夫妻が明日から乗るバス停等を案内してくれつつ、大学まで送ってくれた。しかし、大学病院が広すぎて研究室がどこにあるかわからない。奥さんのほうが教授に電話してくれる。初対面の二人のはずなのに、長いおしゃべりをして盛り上がっていた。サルデーニャ人フランク。かつてポルトガルで出会ったブラジル人が「Shyなブラジル人はブラジル人ではない」と言っていたが、ここもそんな感じなのだろうか。研究室の場所はどこか分かったが、8時30分の時点で誰も来ていないらしく、しばらく待つようにいわれる。9時30分近くにやっと教授が来る。ラボの人を紹介されつつ、とりあえず宿から大学までの一か月定期を買いに行くことに。これが55ユーロとそこそこのお値段がしたが、まあ宿から中心街までも行けるし毎日乗るしと思って納得して購入すると、連れ添いの人が”They are almost a thieve”とお怒りモード。日本の交通費の高さで目がくらんでいたが、そういえばヨーロッパは往々にして交通費は安いんだった。私たちの宿泊地は中心街から離れるため特別に料金がかかってしまうらしく、今からでも宿を変えるべきだとも言ってきた。ちなみにこれはラボにいた人全員とのちに仲良くなった用務員さんにも言われた。

 

研究室に戻ってからは、ラボの人たちが新しい機材に試行錯誤しているのをみつめる。この機械でさまざまな小分子が正確に測れ、自動計算ができるようになるらしい。今回計測していたのは、栄養や運動量を制限されていたラットの肝臓の脂肪の量だった。パソコンの前に座っていた人たちは、真剣にああでもない、こうでもないと議論していたが、所在なさげな後ろの大学生とPhDはぺちゃくちゃおしゃべりしていた。研究内容かなと最初は思っていたが、携帯の写真をみた限りここのお店のリゾットがめちゃうまだった、みたいな話をしていたと思う。あと、基本的にみんな英語はそんなに得意じゃない。教授のように上のポジションにいけばいくほど流暢さがあがるものの、ラボの中ではだいたいイタリア語で会話が行われる。お昼ご飯をラボの人全員で食べ(みんな飾り気のないタッパーにサラダ+フルーツorタンパク質。わたしが日頃もっていっている雑な弁当みたいで親近感)、コーヒーを必ず飲み、作業を開始する。担当の教授はこの時だけ現れ、みんなとビーチいきたいね!と言ったり日本を訪れたときの写真をみせてくれたりして再びいなくなった。何しにきたんだ。

 

午後は先ほどのコンピュータ作業だけなようなので、帰ります!と自己申告すると快諾され、バス停まで送ってくれた。ここでバスを待っているようにとラボの人に言われ、時刻表も何も書いてないバス停でおろおろ待っていると、そばにいたおじさん二人がどこから来たんだ、大学生なのか、イタリアにはどれぐらいいるんだ、どこにいくんだ、この系統のバスに乗れ、オレンジじゃなくて青色のバスだぞ、切符の通し方はこうするんだとあれやこれや言葉が通じたり通じなかったりしながら話しかけてきた。思えば、ローマの空港からホテルまで移動しようとタクシーを探していたときも、こっち側のタクシーは空港正規のもので高いから向かい側の地元のタクシー使いなさいと言ってきたおばちゃんがいて、イタリア人は親切な人が多いのかもしれない(単純)。

交通関連でもう一つ。サルデーニャ島は、特に中心街では高い運転技術が要求される。スピードが遅ければクラクションがなるし、街が入り組んでいて交通規制が多いし、車が多いので狭い空間に縦列駐車をしなければどこにも止めるところがない。あと街並みにフィアットがとてもお似合い。

 

アパートについたら、二日後に変えるわーと言っていたベッドがシングルにかわっていた。こんなに早く対応できるのになぜ最初にダブルという初歩的なミスをしたんだ。今日はやたら明るい夜(20時台にようやく日が落ちてくる)だった。近所のスーパーによってみる。ワインとチーズと加工肉とパスタが多い。パスタなんかは日本の米売り場以上の面積と種類がある。スーパーは野菜が量り売りで、ガラス容器が多くて、スーパーの前には物乞いの人がいて、レジで袋を頼むと結構お金取られて、ああ、ヨーロッパ来たなあと感慨深くなった。トマトベースのパスタをつくり、夕食を済ませ地ビールを飲む。

 

2.

朝起きてシャワーを浴び、サンドイッチ(パニーニ)とフルーツをつけて簡易なお弁当を作成。念のため8時半に大学につくバスにのる。予定通り到着し、予定通り待ちぼうけをくらう。PhDと助教のような人が9時過ぎにきて、適当に過ごしてて~と言われてさらに待つと9時半ぐらいからぼちぼち学部生ら4人がそろい始め、10時少し前に准教授がきて実験室に呼ばれた。日本の研究室ってこんなアバウトじゃないよね?全体で説明があるのかと思いきや他の学部生4人と別れ、PhDのイラン人に英語で明日から行う実験の過程を説明される。ちなみに彼女は一年半前にイランからきて、研究の傍らイタリア語を独学で日常会話に困らないぐらいまで上達したすごい人。別室ではイタリア語で講義が始まった。ざっくり流れを言われるのかな、と思っていると各ステップを追いながら、これが何mgでこっちが何mlとひとつひとつノートに書くように指示され、明日からの研究の大変さが伝わってくる。かかわらせてもらえるのはありがたいけれども。気を抜いていると、脂肪酸の種類は?カンナビノイドの受容体は?とか聞かれるので、神妙な顔つきで考えているふりをし随所でうなずき、事なきを得る。内容の6割ぐらいしかわからないまま、13時近くになるとようやくランチタイムが始まった。学部生たちは近々行われる試験に備えないといけないみたいで、ここで帰宅。先ほどのぴりぴり感が嘘みたいに、和やかムードで食事をする。一度も研究内容の話をしていないみたいで(会話の8割イタリア語だから正確ではない)、オンオフの切り替えがうまいなあと感心してしまう。ジェラート食べたいと言い出すと、紙に地図を書いてくれ、皆で喧々諤々とここの店はまずい、ここがbuono!と言って騒いでいた。食後のコーヒーを研究室外のオープンスペースで飲み、1時間半ぐらいで休憩を終了する。午後は教科書を手渡され、脂肪酸について勉強するように促される。基礎の理解をしていないことが完全にばれている。それから、ぐちゃぐちゃの実験ノートを見せて、実験過程をまとめた英語版pdfをくれ!とPhDに泣きついたら、「でしょうね」みたいな反応をされ、メールで送信してくれた。もう帰っていいよ!という流れになり、もちろん帰った。

ちなみにわたしの研究室は教授(基本的にいない。一日に1回1分ほど顔を合わせるだけ)とクリスチアーノ・ロナウドばりに顔も体系もイケメンなのに壊滅的にファッションセンスのない学部生を除く、メンバー7人は全員女性である。コーヒーブレイク中にエスプレッソマシンの前に集う他の研究室のメンバーをみていても、男女比が半々か女性が多いかなという印象をうけた。日本と比べて女性が研究者になりやすいのかな。

宿につくとお弁当用のタッパーを少しまけてもらって買う。明日からはお弁当生活。宿についてオイルサーディンをぶち込んだパスタをつくったあとは、もらったPDFと格闘する。なんとか概要がつかめ、ノートにまとめたところで睡魔がピークに達し、ベッドに倒れこむ。おやすみなさい。

 

3. 

ひとまず、あいさつと実験でよく使う数字は覚えようと朝食を食べながらイタリア語の勉強を少しする。バスの乗り降りとお店でチーズやハムの量り売りの注文をさらっとできるぐらいにはなって帰国したいな。昨日と一本遅めのバスに乗るべく、少し遅めの時間にバス停へ。昨日のバスと大きさが違っていて、気づいたときにはすでにバスの影はみえない。しかたがなく次のバスに乗る。研究室につくと、もう実験をはじめていた。しかし、特別なおとがめはない。すべてイタリア語でレクチャーが行われるので、自分の実験ノートをみながら今何をしているのか確認し、この過程はどういう意味があるのかなどと聞かなければ勝手にどんどん進行してしまうので、できるだけ食いついて存在感をアピールすることに徹した。

実験のはじめに、ラットの脂肪組織片を切り取る作業をさせてもらったが、解剖で使用した懐かしのピンセットとハサミでチョキチョキきっていたら「日本人はSUSHIを箸で食べるから、やっぱり手先が器用だなあ」と感心される。いや、SUSHI関係ないぞ。ちなみにこのエピソードが本日のハイライトで、あとのほうでイタリア語の飛び交うなかに割り込んで「わたしも試薬作りたいです!」と言ったら、「あら、いたの忘れてた!ちっさくて見えなかったHAHA。」と返事されてだいぶへこみました。もっと目立たなければ…。今夜つくったカルボナーラがとってもおいしかったことが唯一の慰め。

 

4. 

今日の午前中に留学生支援課でRegistrationしてきて!と言われ、カリアリへ。マクドナルドにて、PhDの人がきてくれるまで待機する。イタリアのマクドカプチーノとか甘いパンとかが売っていて、日本のマクドとは何やら様子が違う。普段ほとんどマクドいかないから、詳しいメニューの違いはわらないけど。カリアリはわたしの宿泊地と違ってめちゃめちゃ都会。PhDの人からwhatsapp経由で電話がかかってきて、合流してオフィスへ向かう。坂が結構急で、午前中だからいいものの、昼間の炎天下の中歩き回るのはしんどそうだ。案の定、窓口が開く10時に行っても担当者が不在だったから、PhDの人の留学手続きについていく。今年の秋からカナダの大学でdouble degreeを取得するらしい。そしてあわよくばカナダ(あるいはアメリカ)でポストが欲しいそうだ。イタリアは母国イランと同じで経済的にそんなに恵まれてないうえ、外国人が仕事を得るのが難しいから働くことはない、と言っていた。オフィスに戻ってみると、ようやく担当者に会え、もろもろの手続きを済ませ、一番偉いっぽい人に会い(よくわかってない)、カリアリ大学グッズをもらい、午前中の用事は終了。

帰り道、週末遊びに来るならカリアリ市内を走るバスのカードを買うべきだと言われたので、タバッキで回数券を購入する。引率のPhDには一回乗ると1.5€なので、週末8日間のうち毎日ビーチに行くとすると往復で最低24€かかるから、回数券じゃなくて定期券(21€)が圧倒的に安い!とめちゃくちゃ押された。Noと言える日本人を目指して「いや、ビーチそんな行かん」と断ったら「はあ?じゃあ何するの?」みたいな顔をされる。こちらの人がビーチにかける情熱はちょっと理解しがたい。あと日焼け。最初は日本にいたときのようにアネッサを塗りたくっていたのだけれど、小麦肌サイコー!という周囲の価値観に染まって、まあ、多少の日焼けはOKかな~と流されつつある。

バスでラボに戻ると、すぐに実験室に移動するように言われる。大半の工程が終わっていて、試薬を少し混ぜたりしたあとは、作ったものを機械にセットして13時には終了した。皆でいつものごとくランチとコーヒー(今日の話題は整形。日本人が特に目を大きくするためにいろいろ工夫しているという話をしたら、生まれつきのデカ目たちは、MANGAのキャラたちの影響じゃない?みたいに爆笑してた。失礼な。)を済ませ、事務作業。わたしはひたすらイタリア語の文法サイトをあさる。Rの発音の仕方を厳しく指導してもらい、よい週末を!と言って研究室を後にした。ぼやっとしていたら、一本バスを逃し、待ちぼうけをくらって一時間後に宿に到着。

夕食は、「ナマハム100gクダサイ」と必死で覚えたイタリア語をスーパーの量り売りのお兄ちゃんに使い、おいしそうな生ハムをゲットできたので(ついでに「リコッタチーズ スコシ クダサイ」も)、ボロネーゼの付け合わせが豪華になりました。

 

5.

土曜日らしく二度寝を繰り返して、朝10時ぐらいに活動を開始する。今日は時間がない(寝すぎた)から洗濯物いけないね、となって宿の掃除をする。朝ご飯を済ませて、いざカリアリ市内へ。今日は平日にみなからおすすめしてくれたショップをめぐることと、街中の軽い偵察が目的。バスステーションから降りて最初の目的地であるジェラッテリアに行くも、閉まっている…。15時過ぎから開店とな。イタリア人はジェラートはおやつから夜にかけてしか食べないらしい。しかたなしに、MANGOやZARAカリアリ三越伊勢丹などをひやかす。今日はセール初日でほとんどの店舗が割引きをしており、地元の人たちもこぞってショッピングバッグを大量に抱えていた。ちなみに普段10時~13時、15時~19時と二部制になっているお店も、セール期間の週1日は深夜まで空いている。それにしても、普段お店を占めてまで2時間たっぷり休憩するのが日本では考えられないことだ。

日差しはだんだん強くなる。最初が空振りに終わったものの、完全にジェラートを食べるお腹になっているため、代替のジェラッテリアを探し、初ジェラートを注文。ちなみにピスタチオ味。Buono!14時過ぎているため、半ばあきらめながらサルデーニャの郷土料理を提供しているお店をのぞく。なんと、空いていた!ラッキーと思って座ってメニューを受け取ると全部イタリア語。グーグル翻訳で戦っていると、お店の人が英語で解説してくれた。観光客がよく来るからかわからないけれど、街中はそこそこ英語が通じる。野ブタソースのラビオリと芋虫みたいなサルデーニャ特有のパスタ、トマトソース和えを注文する。味は前者が塩辛すぎて、後者はトマトそのものの味で日本舌のわたしが求めるマイルドさに欠けていた。計20€。

食べ終わって外に出てみると、あまりにも暑くてカフェに避難。昼からスピリッツ入りの巨大なカクテルを飲む。日差しが尋常じゃなく強いためか、基本的にヨーロッパ人たちは同じようにカフェでまったりしている。せかせかするのはバカンス地には似合わない。お会計はピーナッツやサンドイッチやチップスの付け合わせもついて計10€。やっす。また来よう。薬局に寄ってシャンプーを購入。フランス製だけど(せっかくならイタリア製がよかった)、研究室の人がおすすめしていたブランドなので信用して使うことに。帰りはビーチパラソルを抱えた人や、これからnight out に行くギャルたちのいた駅から岐路につく。夕食はいらないねーと話していたのに、ちょっと小腹がすいてハムと適当につくったサラダを食べてしまった。確実にデブ化傾向にある。イタリアは胃袋がいくらあっても足りないから拡張訓練だ、と開き直る。

 

6.

本日は9時半ぐらいにのそのそ起きだす。もはや炎天下の中、歩き回るのが億劫なので午後から夕方にかけて街中に行こうということに。そもそも13時ぐらいにいったんお店が全部閉まるから(そして日曜は街中の一部のお店以外閉まったまま)、15時ぐらいに再び開店するときに出かけるのがちょういどいい、ということにしておく。洗濯物をコインランドリーで片付け、明日のお昼ご飯の食材を買いだす。

さて、そろそろ街に繰り出すかと思ってバス停へ行くと、バスがどうやらすでに通り過ぎてしまったようで待てども待てどもこない。いや、ぎりぎりに着いたわたしたちが悪いけど。次は何時かなーと確認するとなんと驚愕の19時。イタリア人日曜日は働かないときいていたが、ここまでとは。しかたなく部屋に戻ってダラダラ。わたしはイタリア語の勉強。ジェラートの頼み方と、種類と、ピザ屋での振る舞いかたを学ぶ。ピスタチオ(イタリア語風にいうならピスタッキオ)とミルクの2スクープをコーンで!ありがとう!ピザを二つテイクアウトで!ありがとう!を何度も繰り返す。それから、ピザにのるかもしれない具材のイタリア語を確かめる。Pomodoro(トマト), fungi(キノコ), aglio(ニンニク)…。お腹がすいてきた。

カリアリから宿に戻るには20:20分の最終バスに乗らなくてはならなくて、行きは19:20分カリアリ着のバスしか選択肢かなかったので、実質一時間以内にピッツァとジェラートをゲットすることが今夜のミッションである。目的地をgoogle mapで二人で確認し、いざ第一関門のピッツェリアへ。開いたばかり(基本的にどのピッツェリアも18:30以降に開く)で、先着なし。やった!スムーズに注文をし、焼き立てのピッツァを手に20:00で退店。思い残すことがあれば、焼き立てをぜひ食べておきたかったことか。お次はジェラッテリア。こちらは子ども連れや地元の人で大混雑。言ったもの勝ちのような雰囲気なので、すぐさま店員を捕まえて注文する。そして、5分後には念願のピスタッキオ&ミルクを頬張ることができた。わたしの愛するピスタッキオ・フレーバーはどのお店でも並んでいるから嬉しい。

 

7.

わたしの研究室は少しはやめに始まるので、今日は一人でバスに乗って大学へ。9時ぐらいについてみると、秘書さんのみ。やはり。ぼちぼち集まりだし、今日はわたしを含めた3人の学部生で実験をする。午後に会議あるから、早く終わらせたいという教授の言葉に、これははよ帰れるんちゃうかと期待大。順調に実験をすすめるが、以前紹介したファッションセンスのないクリスチアーノロナウドが、途中で試薬の量と入れる容器を間違えるという大失敗をやらかす。どうやら話をきいていなかったらしい。先生激おこ。わからなかったらきけばいいのに!と別の女の子。気の強い女性二人に責められて、ちょっとかわいそうだとは思ったけれど、コントをみているようで堪えきれず爆笑してしまって、さらにかわいそうな感じにしてしまった。午後はお昼ご飯を食べ終わったあたりで、以前研究室にいて今はカナダで働いている人から電話があった。入れ替わり立ち代わり色んな人が電話にでて、1時間ぐらい経過する。ここで今から教授の運転でビーチにいくけど来る?と言われ、状況がよくわからなかったけれど、二つ返事をし荷物をまとめる。14時半研究室出発。2時間ぐらいのドライブで教授の別荘があるソラナスというところへ。バカンス期間以外は人に貸しているため、今日退去する人たちから鍵を受け取り、軽く掃除するそうだ。サマーハウスをもっているのも優雅だけれど、仕事をはやめに切り上げて私情を優先できるのも優雅。手伝わなくていいといわれたので、お言葉に甘えてコーヒーを飲みつつ絶景を堪能する(Kindleもってくればよかった)。お庭の手入れをするおじさんを眺めたり、ぼおっとしていたらすぐに18時ぐらいになる。一応ビーチも冷やかしにいったが、暑すぎて即座に退散。ビーチパラソルがあるとはいえ、みんなよく辛抱強く日焼けできるなあ。でもここのビーチは周囲の住人しか入れないためか、人も少なく水もびっくりするぐらい青くて暑ささえどうにかなれば最高だろうな、とビーチに縁のなかった自分の人生を少し後悔した。少しだけ。

帰りは道を間違えながら自宅まで送ってもらった。感謝。到着が20時ぐらいだったので、すぐに夕食を作って就寝。今日は翻訳するところからはじめて悪戦苦闘しながらつくったリゾット。初お米。やっぱりイタリアではパスタを食べるべきことが分かりました。

 

8.

今日はみんなの集まりがいつもよりも遅いぞ、と嫌な予感がしていたらどうやらデータ分析のみの日らしい。しかも一人の学部生の卒論用なので、他の二名は欠席。朝から街に出て遊びたかったなー。コンピュータの解説を受けるも、イタリア語しかしゃべれない人が単語単語で説明してくれたから、意図をくみ取るのにめちゃめちゃ苦労した。用務員の人がごみの回収にきたついでに私に「お元気ですか?」という教科書の最初のページに載ってそうな例文をためされたので、自信満々に「元気です!ありがとう。」と答える。するとみんなからwow!とかah!とかyou speak Italian!とか賞賛の言葉をたくさんもらった。赤ちゃんが言葉を覚えるのがはやいのは脳の機能的な面もあるけど、周りの大人たちがやたら褒めてくれるからではないかと思わずにはいられない出来事だった。新しい単語を使うたびに褒めてもらえるって最高やん。単純なので、わたしも3歳児のイタリアンベイビーとして精進しようと決意しております。

夕方からは街に繰り出し、ジェラートを一生懸命消費したあと、八百屋さんが開いていたから野菜を大量に購入する。エコバック二つ分に野菜詰め込んで8€とか何事?っていうぐらい安い。ペペロンチーノ(唐辛子?)が売っているのを見つけて今夜はペペロンチーノにしようと喜び勇んで帰宅すると、試食の時点で全く味がしない事件が発生する…。なんで?仕方なしに投入してみてもやはり絡みのないオイル和えパスタになってしまった。ただし、カリフラワーはとてもおいしい。ジャーマンポテトイタリアバージョンも。ソーセージ硬すぎる!

 

9.

朝いつも通りに到着すると、すでに学部生二人が来ていた。珍しい。今日は着色実験なので、白衣をしっかり留めるように言われる。しかし手袋は一度もしない。手はいいのか。ちなみに、すっかりバカンス気分だったわたしは白衣が必要だということを出発直前にやっと思いだし、慌てて洗いたての(つまり生乾きの)白衣をリュックの中につめこみました。サルデーニャに着いて匂ってみたところ、異臭はしなかったからまあ良しとしている。

実験途中で使用したビー玉がかわいかった。熱湯の中に試験管を入れているのだけれど、これを見ながらラボの人たちはパスタもついでに茹でたいね、というイタリアンジョークを言ってました。

コーヒーブレークでついに教授登場(なぜかいつも派手な色のラコステのポロシャツ。めっちゃ似合う)。しばしイタリア語で研究室の話をした後、奥さんの話になり、二人で訪れた国の話になった。教授はhoneymoonで40日間(!)奥さんとカリブ海→フィジーオセアニア→香港とまわったそうだ。銀食器など、どうせ使わないもの(すでに同棲していて生活雑貨は大抵そろっていたそう)をもらうよりは、ということでwish listを作成して結婚祝いを「フィジーのホテル代」や「航空券」といったように募集したらしい。いいなあ。午後は読書をして、買い出しに行き(通いすぎて八百屋のお兄さんに顔を覚えられてしまった)ラタトゥイユをつくる。大半は冷ましておいしくなったころに食べることに。日差しが強いためか、体が野菜を欲している気がする。